布施英利の異彩対談 フライ作家・島崎憲司郎さん

INTRODUCTION
美術評論から科学エッセイ、小説まで幅広くこなす
気鋭の作家、布施英利さん(群馬県鬼石町生まれ、
藤岡市育ち)が専門領域 の異なる人たちに出会い、
語り合う「異彩対談」。

 今回は、フライフィッシングで使われる毛針「フラ
イ」の世界的に有名なデザイナー、島崎憲司郎さん
(東京都生まれ、桐生市在住)のお宅を訪ねての対
談となった。
島崎さんは、フライフィッシングのほかにもフラメンコ
ギター・中国料理・落語・絵画・写真など幅広い趣
味を持つ自称「個性的な変人」。取材嫌いでもつと
に有名。
フラメンコギターの演奏から始まった対談はフライの
話を経て、川の癒し効果、水生人間説にまで及びん
だ。島崎さんお気に入りのうどん店「桃太郎」にまで
場所を移して行われた対談は実に3時間超。島崎
ワールドと布施さんの特殊な(?)コメントにわれわ
れ取材クルーは舌を巻いた。

この場を使って、そのほんの一部をご紹介します。   
  対談に向かう布施さんのコメント
 世界的なフライ作家、島崎憲司郎さんに お話をうかがうこと
になった。フライ、つまり
釣りの毛ばり作りの名人である。
 ぼくも釣り好きの人間だ。小学生の頃は、 鏑川あたりで釣り
ばかりしていた。今は湯
河原に住み、相模湾や芦ノ湖、それ
に近所
の渓流などで、仕事の合間に釣りばかりし ている。釣
りの魅力にはまってくると、もう「こ
ういう時間が過ごせれば、
人生、他に何もい
らない」と思えてくる。至福の世界だけに、社
会人として生きるには、危険でもある(笑)。
 島崎さんは、釣りのプロだ。釣りの甘い蜜 を吸いながら暮ら
している人は、どんな方な
のか。お宅訪問が楽しみだった。
 お宅は桐生市の中心にあった。近くには 戦前からの路地や
建物が残っている風流な
一角だ。そんな家並みの中に、突然、
超モダ
ンな建築が目に飛び込む。家の中からフラメ ンコ・ギタ
ーの音が響いている。

 玄関で、首にマフラーを巻いた島崎さんが、 出迎えてくれた。
顔にはまだ、ギターを演奏し
ていた高揚感が残っている。
 個性的な人物の出現に、ぼくは圧倒された。          
●対談開始
島崎(フラメンコギターを弾いている)
布施 ギターも相当やっているようですが、いつ頃からですか?
島崎 中学生の時に「バルセロナ物語」っていう今じゃ語り草のフラメンコの映画を観まして。「ガーン」と来たわけです。なにしろ、
今じゃ語り草のカルメン・アマジャ(不世出の天才フラメンコダンサー、1913〜1963)の絶頂期の踊りをいきなり見てしまったわ
けですから。それまではクラシックギターのまねごとをやってたんですが、即フラメンコに転向しまして。僕は何事もこうと思ったら
すぐやらないと気がすまないタチなんです。それに熱しやすく「冷めにくい」…つまり生来の道楽者なんです(笑)
布施 フライもフラメンコも両方「フラ」ですね。
島崎 そうそう、フラフラ人生です( 笑)

●島崎さんの子供時代
島崎 皆が学校行ってる時に僕は弟を連れて川にいたんですよ。川しか居場所がないというか…まるで川の方に引き寄せられる
かのようにね、いつの間にか川原にいる。多摩川ですけどね。あの頃はまだまだきれいな川だったですよ。川に行くと安らぐんだ
な。魚が泳ぐのを見てるだけでも不思議に安らぐ。別に何をするというのではなしに、例えば大人の人が釣りをしているのを一日中
ボーッと見てる。はじめは見てるだけ。釣り道具なんか買ってくれなかったから。そのうち自分でもやってみたくなって、ハリとか子
供なりに作ってね、針金を曲げたりして。これも今の仕事にすごく役に立っていますね…

●島崎フライのエロチシズム
島崎 仮に、こうそこに女の人がいるとしますね。これを描く場合、例えばドレスの肩紐が今にもズレ落ちそうに描くとか(笑) 、ス
カートの裾を微妙に風にそよがせるとか(笑) 。
布施 つまりフライの方でもそういう表現をするんですか。
島崎 まあ例え話ですが(笑) 、そういうアトラクティブな要素も時には入れたりするわけです。でも、これはやり過ぎると逆効果に
なるんだな。尻尾を出したタヌキ状態になる。いかにもケバリでございますっていう最悪の状態(笑)

●布施さん、島崎フライへの感動
 美の、最高の教師は「自然」である。ぼくはそう考える。
 ルネサンスの画家レオナルド・ダ・ヴィンチも、そういうことをメモに書き残している。「優れた画家は、自然に学ぶ。ダメな画家は、
画家に学ぶ」というのだ。すばらしい美を創造するには、人間は、いつも自然に帰り、そこから学ばなければいけない。
 フライというのは、まさに自然に学ぶ造形である。フライ作りにも、伝統の技法はある。しかし自然を知らないフライ作家に、すば
らしいフライは作れない。
 島崎さんは、水生昆虫についても、博士といえるほどのプロである。虫の形態や習性を知り尽くしている。同時に、それを餌にする
魚のことも、もしかしたら魚自身よりももっと知っている。
 そういう「自然に学んだ」島崎さんの毛ばりは、美しい。また、おいしそうでもある。虫を食べる、という趣味はぼくにはないが、島崎
さんの作った毛ばりを見ていると、「目」が引きこまれるだけでなく、「舌」が刺激された気分にもなる。飲みこみそうになる。
 フライというのは、最高の美術品なのかもしれないと思う。